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現地での調査・活動
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佐賀県 唐津市 大良むらぐるみ運動について
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説明者:市議会事務局 次長 寺井様 議事調査係 吉田様 JA唐津市 堀田様
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むらづくりの主体
名 称
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「大良むらぐるみ運動実践協議会」(任意団体)
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所在地
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佐賀県唐津市大良(だいら)
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地区の規模
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旧市町村(8集落)
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組織の性格
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地縁的集団
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代表者
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山崎 賢輝 (実践協議会会長) 唐津市大良
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むらづくりの経緯
大良地区は、今でこそ銘柄米の「上場コシヒカリ」に代表される稲作や施設園芸、畜産など、豊かな農業が展開されているが、昭和30年代までは波状形大地上の零細な耕作基盤のもとで、細々と農業が営まれ、干ばつなど厳しい自然環境に左右されながら生計を維持している状態であった。
特に毎年のように繰り返す干ばつに対して、雨水に頼らざるを得ない上場の農民は、用水確保に向けて江戸時代から明治、大正、昭和とわたり、血と汗の涙ぐましい努力でため池づくりに取り組んできたところであり、婦人や子供まで作業に従事するなど、自然との過酷な戦いの歴史を記している。
このため、これまで上場地区には500カ所を越えるため池が作られており、大良地区でも「中尾」「田代」「村口」「佐志原」「梨川内大久保」といった、ため池を造り干ばつに備えてきたが、必要な水量を満たすものとは言えない状況であった。
地区ではこれまで、棚田での水稲を中心に、限られた畑での甘藷やたばこの栽培が行われてきたが、昭和30年代までの普通期水稲の収量は単収300Kg台で低迷し、かつ、極めて不安定なものであり、安定した収穫と農業経営規模の拡大が、地区をはじめ上場地域の人々の悲願であった。
地域の人々の切実な願いが県にも届き、昭和35年に「佐賀県総合開発計画」において重点開発地域として取り上げられ、昭和40年には上場地域の三大障壁である「水」、「道路」、「風害」の整備対策のための「上場地域開発計画書」が策定された。
この計画に即して、昭和45年の上場広域農道事業、昭和49年の国営上場土地改良事業などいわゆる「上場地域総合開発事業」という一大プロジェクトが着手され、ハード面での基礎が整備されてきたところである。
地区では、このような基盤整備が行われる以前から、干ばつを回避し生産を安定させるため水稲の早期栽培を試み、最初に用いられた「農林29号」から、昭和38年頃の「コシヒカリ」に至るまで、試行錯誤を繰り返すなど現在の銘柄確立に積極的に取り組んできた。
また、昭和42年には後川内で、唐津市で初めての農業経営の家族協定を締結し、農業経営計画の樹立、費用の負担、資本調達、労働報酬など十項目にわたる協定を結ぶという先進的な農家が現れてきた。
さらに、46年には、新しい上場農業の担い手として地域開発の原動力になるべく、地区を越えて「唐津市上場開発青年研究同志会」を結成し、地域営農確立を目指した実践や研究、発表会や講習会などの開催を行っていくことを決定するなど、現在の取り組みの「芽生え」とも言える兆候を見せ始めてきた。
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このような当地域での基盤整備をもとに、今後の地区の振興を図るため徹底した話し合いが行われ、平成8年から農業者・農業団体・行政が一体となった農業農村振興運動である「佐賀農業・農村むらぐるみ発展運動」のスタートを契機として、「大良むらぐるみ運動実践協議会」を設立し、これまでそれぞれが単独で行われてきた種々の取り組みを総括し、地区の取り組みとして行っていくことが決定された。
この「大良むらぐるみ運動実践協議会」は。「やりがいのある効率的な地域営農づくり」、「活き活きとしたふれあいむらづくり」を二本の柱に、地域営農づくりの重点目標として、
- 計画的な土地の集積と農作業受託組織の強化
- 高付加価値米の生産
- 経営感覚にすぐれた農業後継者の育成
- 土壌分析と土づくりの推進
を揚げ、さらにむらづくりの重点目標として、
- コミュニケーションによる地域浮掲策の具体化
- 農業まつり等のイベントの開催
- 文化、行事の継続
- 都市住民との交流
を揚げ、地域が一丸となり目標に向けて積極的に取り組んでいるところである。
その活動にあたっては、徹底した話し合いを基本として、地区農業振興計画を策定し、前年度の活動実績を踏まえた次年度の活動方針を決定するなど、計画性の高い取り組みがなされている。
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